私の(第十二回)伊吹嶺賞受賞作品です。

  除夜の鐘  松井徒歩


  黄落や背筋正しく老紳士
  封書切る古りし鋏や一葉忌
  バリカンを温め項へ十二月
  暮早し眼鏡曇れる蒸しタオル
  初雪や色昇りゆく理髪灯
  並べ置く白刃冷たき和剃刀
  冬燈妻の小振りの鋏研ぐ
  冬ぬくし妻に指名の予約表
  ひとときを立ちてコーヒー冬夕焼
  足首の疼き諾ふ柚子湯かな
  貼り付けし雑多はみ出す古日記
  数へ日のひと口大のむすび食ぶ
  年つまる待合の椅子ひとつ足し
  煤逃げの客隣り合ふ理容椅子
  寝息せる老いの肩まで毛布掛く
  行く年や長寿の眉をととのへて
  仕事場の五坪に満たぬ掃納
  二方より鐘の聞こゆる除夕かな
  鐘楼に正座の和尚着ぶくれて
  大寺に負けず打ちたり除夜の鐘


今では師走と言えども昔日の忙しさはありませんので、同業の方が読まれると如何わしく映るかもしれませんが、私の理容生活の来し方を十二月のひと月に凝縮したつもりであります。