名古屋は木曜、金曜と40度の予想です。
私はお気に入りの本やノートを机の下にきちんと並べていますが、他のものはなべて乱雑です。時折片付けはしますが、すぐ元の木阿弥となります。それだけに、この「暑き故」には理屈を超えて大いにうなずくのであります。そして暑いけれど涼しい句だなと思うのでした。
名古屋は木曜、金曜と40度の予想です。
私はお気に入りの本やノートを机の下にきちんと並べていますが、他のものはなべて乱雑です。時折片付けはしますが、すぐ元の木阿弥となります。それだけに、この「暑き故」には理屈を超えて大いにうなずくのであります。そして暑いけれど涼しい句だなと思うのでした。
白南風は梅雨明けの明るい南風ですが、句の場所は太平洋戦争末期に沖縄の住民が犠牲となつた万座毛です。白南風の本意を拒絶するような句ですが、白南風に鎮魂の意を込めたとも解釈できると思います。
珠洲焼は、石川県珠洲の焼き物。釉薬を使わない燻べ焼きならではの、深く落ち着いた黒灰色が特徴。作者はその引き締まった器の黒色に、確かな「涼しさ」を見出しました。珠洲焼の無駄な飾りを削ぎ落とした素朴で力強い佇まいは、俳句という文芸そのものの姿にも重なります。

「イオンモールで見かけるボディバッグのおじさんがダサイ」という記事があったので、いつもはショルダーバッグなのですが、その出立ちで出かけてみました。
熊野那智の補陀洛山寺には補陀洛渡海者の名前が列記されており、その中には平氏の名もありました。それらを句に詠み込もうと試みましたが、思うようにはいきませんでした。しかし、文字通り無名の人々も渡海しているのですね。「ここだけの」特別な蝉の声が、命を賭した死出の旅へと赴いた渡海者たちを、優しく慰めているように感じられます。
前書に「楕円率の北、後藤、太泰、大和田らと奥能登へ旅行 五句」とあるので、文字通りの放浪ではなく、気ままな旅といった気分でしょうか。肘まで汁が垂れてもさほど気にしていない様子です。昭和22年、京都大学の学生時代の作品であることを踏まえると、そのいで立ちはランニングシャツだったのかもしれません。肉感的な写生の眼を感じます。
前後の四句
飛燕の航梅干吐いて唇濡らす
羽抜鶏柴垣越せば海の前
虹立つや足裏かえせば磯臭き
明日の暦は知らず氷菓の紅にごる
見出しの句。梅雨明けの句かと思いましたが、よく読むと「梅雨が明るい」と詠んでいるのですね。妹さんと会うことで、梅雨時だけれど気分は明るい、というように解釈しました。何気なく置かれている「東京」という地名も、うまく説明はできませんが、妙に効いているように感じました。
スマホから申し込みました。アプリのダウンロードが必要ですが、何とか20分位で完了。
マイナンバーカードの普及のためのポイントの時よりは楽でした。