あまりにも面白いので、あるブログから全文コピー(著作権侵害?)。


人生いろいろ劇場
夜の八時を過ぎると伊予鉄の電車はグッと本数が減る。読みかけの本を常に一冊二冊鞄の中に入れ、そんな時間を有効に過ごすのがいつものスタイルだが、先日もタッチの差で電車を逃してしまった。ホームのベンチ。いつものように電車待ち読書。

ミステリーものの佳境にさしかかっていたもんだから黙々と読み耽っていたら、私の座っているベンチに年輩の女性が二人、私に背を向ける角度で座った。なんせこちらは犯人がもうすぐ分かるというクライマックス。振り向きもせずに没頭していたら、この二人の女性はなんだかスゴイ話を始めた。

「アンタ、帰ったらほんとに出ていけって言いきかすんやな。決心したんやな!」
「うん…」
「自分の口からはっきり言うんやな。だいたいあんたは決心が遅い!あんなんは、転がり込んできたその日に叩き出しとったら良かったんや」
「うん…でも、私、ほんと好きなんよ」

え??…なんだかめんどくさい話のようだ。デリケートな話のようだ。
問いつめている方の女性はかなり大きな声で、もう一人の女性に説諭を続ける。…いや、説諭というよりは自分の台詞に酔ってどんどん怒りが膨らんでくるようである。

「ただでさえ収入のないくせに、あんなんしょい込んでどうやって暮らしていくつもりや!あんたは昔からそうやったけど、悪いとこはなんも変わってないッ」
「わかっとるけど、けどな、姉ちゃん、やっぱ私…一人の夜はツライんよ」

あ、姉妹なのかと思う。一人の夜はツライ…ときたか、うーむ。
妹らしき女性は、とうとうしくしく泣き出した。ホームに人が増えてきているが、この二人のベンチの近くはだんだん遠巻きにされていく。みんな、ヤバそうな話だなあとわかって、じわじわ遠ざかっていくのだ。つまりホーム中の人たちが耳をダンボにしつつも遠巻きにしている、その問題のベンチに座っているのは、私と老女二人。うーむ…ビミョー。違った意味での注目の的…今さらさりげなく席を立つことなんてできない。

けど、それにしてもなんでこんなめちゃプライベートな話を、こんな場所で、かたや大声で責め、かたや泣きながら弁解せんといかんのや。おばあちゃ〜ん、許してくれよ〜。

長い時間、二人の人生劇場を聞かされたような気がして、心がどっしり重くなり、読んでも頭に入らないミステリーは、犯人に到達する一歩手前の頁で立ち往生している。ああ、この佳境、ああ、この人生劇場。を、を、涙の老いらくの恋…。

やっと電車が近づいてくる音がし始めた。きっとホームにいた人のほとんどがホッとしたはずだ。何よりも私が、一番ホッとした。
人生劇場のお姉ちゃんが先に立ち上がる。

「いつまでも泣いとらんと、さっさと立たんかいッ、電車来たがな。エエか、帰ったらな、二度と舞い戻ってこんように、ちゃんと言い聞かして、拾うてきた場所に捨ててくんやで。あんなクソ汚い猫、これ以上餌やっちゃいかんぞなッ!」

??……な、なんぢゃそりゃ、婆ちゃん。
呆然と老姉妹の後ろ姿を見送ったワタクシは、ほんとうならばとうに犯人が分かっていたはずの文庫本を閉じ、老姉妹とは離れた車両に乗り込んだのでありました。ああ、人生いろいろ人生劇場…を、を、涙の島倉千代子