光秀は昨夜詠れた百韻を愛宕神社に奉納した経過を語り、その写しを回覧した。
ときはいまあめが下なるさつきかな
後に、この発句に、光秀が謀反の意図を読みこんだ(とき=土岐、あめがした=天下、
「したなる」を「した知る」と書き換えて=下知)などという珍説が横行したが、これは何者かの意図的なこじつけにすぎない。
と作者は言いながらも、あとに続く句について左馬助に深読みをさせる(徒歩)
脇 水上まさる庭のまつ山(行祐)
第三 花落つる流れの末をせきとめて(紹巴)
上の方(朝廷)が騒がしい。
流れをせきとめているのは、織田信長。
みだれふしたる菖蒲菅原(光秀・二裏)
菖蒲は勝負の言葉遊びか。
その揺れる心を、主君は菅原道真の懊悩に仮託したのであろうか。
かしこきは時を待ちつつ出づる世に(兼如)
はやまってはなりませぬぞ、という光秀への警告めいた句にとれる。
繩手の行衛ただちとはしれ(光秀・名残裏)
いさむればいさむるままのうまのうえ(昌叱)
うちみえつつもつるる伴ひ(行祐)
行祐は光秀の走る決意を一段と促しているような気がする。
左馬助の心はここで、己が推理の行く先に一瞬凍り付いた。